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2009.05.25 Monday
アウトーいくつかの終わり

方眼のあるノートに毎日、日記をなんとか書き続けていて
www上になにかを不意に発表することが日増しに分からなくなっている。
PTSDに罹ったかのような状態からなんとか抜け出たようである。
問題は山積しているが、すこしづつ目を背けなく なれそうである。
微弱な希望観測でしか、今は表現できない。断言などできないし、する意味もない。
上のような理由上、大分悲観的でシニカルな文体と内容になるだろうから、
どうかそれを心配しないで欲しい。僕は元気に呼吸し、生きているから。
アウトー。
以下、唐突にアウトを宣言する。
ーmiruプロジェクト
僕の名前が冠されて営まれていたそれは、もはや死んでしまった。
後は賞味期限を気にしない無粋な輩が勝手にやるだろうが、
それは同じ名前で仮に呼ばれていようと、僕とは一切無縁のものだ。
死んだものを黄泉がえさせるつもりは毛頭ない。
blogは封鎖し、削除する。改めて言わなくとも、もう終わったと
近しい人には告げていたが、ここで改めて言っておく。
しばし懐古する。このプロジェクトと関わってからというもの、苦難の連続であった。
がしかし、参加して頂いた多くの方から頂いた気付きや驚きや感動は、
おそらく終生忘れはしない。この場にて、謝辞を述べておきたい。
ありがとう。さようなら。
ーYAPの仕事
あるちっぽけなNPOのちっぽけな職を辞した。さようなら。
ー昼子悦西ブログ、昼子の昼飯
ギャグ人格として捏造した昼子さんとも、お別れである。さようなら。
ー下町での生活と侘庵という名の妄想
下町・京島2年間の生活が無意味だった。と言えば 心アル知人たちは否定してくれようが、
それにも増して心ナイ人たちや、同じ感覚を有していない人たちとともに
歩くこと、そしてその中でピエロのように一人誰もいない演芸場でパフォームしつづける
ことを、僕は徒労感と廃人寸前にまでなったという出来事の報告で答えたい。
このことは多くの関係諸氏にいずれ知られるだろうし、また驚かれるだろうが
ピエロとなるために生まれて来たのではなかったと知ったとだけ、いっておこうか。
悪意や影口が予想されるが、それも否定しないで、自発的村八分として
僕は、もうすぐここから出て行く。すべてを捨て去って。ありがとう。さようなら。
自分に嘘をつき続けられない性分だから。

ーそしてURIC,僕の罹病とともに名付けたブログも、
そろそろ役割を終えそうである。mixiも退会したいのだが、どうだろうか。
手狭な世界に帰ろうと思う。uric : 折りをみて、削除することにする。
上記の数点、リンクなど貼っていただいていた方々、
勝手に削除することを重々謝りたいと思います。
始まりがあるものには、終わりがある。
次に何をやるのか。分かっているようで分からなくて、
分からないようで分かっている気もする。つまりどっちでもない。
早々に死ぬワケでも、廃人になる予定もない。
生活を立て直さなければならないし、とりあえず多馬力思考とお別れして
一馬力で、自分の手と身体と脳味噌で出来るだけのマニュファクチャルなものを、
粛々と行おうと思っている。
つまりがこの4年ぐらいで積み上げて来たものを、一度すべて破壊するのだ。
この間に無数の所業があり、およそ1000人以上の人たちと関わって来たと思う。
泣き笑い怒り悲しみ全部があった。出会った数だけ、多く別れた。
これから自分自身の偏りにどっぷり浸かろうと思っている。
昔々、恋い焦がれた人に言われた言葉を引用して、
この哀れな見窄らしいテキストを終わろうと思う。
「何かをやろうとした人間は、またなにかをやれるのだ」
at 23:13, 長岡シンイチ。, Action & Private
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2009.04.21 Tuesday
ぎろり / ぎくり
怒濤のような日々が続いている。
僥倖:浅葉克己さんに弟子入り。桑沢3年生のゼミに撮影班でインすることに。
そこでのクラスで、「デザインとはぎろりです」と仰られる。
それに「ぎくり」とする私。
常日頃考えていた critic という言葉の最も適切な日本語だと思う。
因果:パートナーである山崎阿弥が、リビング・レジェンドだと言って良いだろう
灰野敬二さんとガチンコ対決を、下北沢の Lady Jane で行った。
僕は撮影である。灰野さんに技術や経験以外のとこでは負けなかった阿弥は凄い。
、と青山真治がやって来た。酔っぱらっていたが。
「なにやってんだおまえ」か。7年振りぐらいである。
色々な心情が積もった。翌日映画美学校に三脚を返しに行き、
様々な消息と7年分を一気に聴く。泣かなかったが、悲しさと何かが一緒に来た。
山崎も、依然別の場所で彼の知己を受けている。
どんな縁だろう。
仕事:下町APの準備で動き回っている。様々な打ち合わせをし、資料をひっくりかえし
あたらしく作り。様々な地位も名声もある方々に知己を得出している。凄い。
そして食べるためと、お世話になっている方のお店であるためとで
日比谷にある「とかちの」という店でアルバイトを始めた。ホールは性にあってる。
帰りは必ず宝町まで歩くことにしている。その過程で浅葉さんの作品が展示されているTDCに2日連続で行き、1時間以上かけて模写をした。昔の感覚を若干思い出しているし、新しい感覚でもあり、今まで避けていた感覚でもある。「1日1画」を日記とともに書くことも続けている。師の習慣はどこまでも「守」で答えるのが、まねぶ戒律だろうか。
尊敬する松岡正剛さんが、浅葉さんを「兄貴」と書いていたのが、じーんと来た。
それと藤川チンナワンソ和尚から教わった祈りを毎日唱えてもいる。
アホみたいなことだが、これを真面目にやっていると「すー」っとするのが不思議だ。
これとは、「生きとし生けるものが幸せでありますように」と言い続けることだ。
もうすぐ山崎阿弥が、京島へやってくる。
用事をつくるのが、無事なのだ。
toto
2009.04.12 Sunday
血と家と跳躍
「血」
水戸に旅した。水戸美で行われたチェ・スーメイの個展を見るのが主目的だったが、
副目的だった僕の「自分探し」がかなり大掛かりになってしまった。
これはかなりプライベートなことだし、そしておそらく作品にすると思うので、
ここでは多く書かない。しかしそこはまるでアルカディア=桃源郷のような場所で、
とても静かでひっそりとした遠い遠い先祖の墓には、美しいとか形容できない
山桜が揺れていた。
「家」
我が家である侘庵を改造する日が近づいている。
僕のとりあえずの日課は、雑巾がけである。
様々なゴタクは、雑巾がけの突進の前では無意味だと
すがすがしく思った。一服がうまい。
「跳躍」
ここでいう跳躍は、バフチンという人が言ったという「暗闇の跳躍」の跳躍。
つまりはコミュニケーション時の心構えのことで、真っ暗なXYZ定かならぬところから、
「えいや!」と飛ぶということだ。僕は今、いろいろな「えいや!」をしている。
国家の中枢と、学問の中枢と、芸の中枢に居る人たちと関わりだしていて、
そこに僕は「居場所」を見つけたのである。
「自分探し」や「居場所」という単語を、否定して超越ブルのは容易いことだし、
血に拘泥する偏屈や蒙昧はたしかにあるし、居場所などという暗な意気を「アホ」というのは
だれにだってできる正義だろうが、僕は弱虫である自分を拒まないことにした。
僕はフリーターであり、ニートであり、お宅であり、現代っ子である自分を「さうであらう」と
迎えてみることにした。ゆえに強迫観念としてではなく、自由キママでふるまえる。
そうして「えいや!」をすると、意外に通常では考えられないことも起きる。
「用事があることが無事だ」という言葉は、思っていたよりもやヴぁく、ばんばなく、ありがたい。
ブログっていうのは、こんぐらいでいいのですかね。
僕の「えいや!」の根底と詳実は、全方位の作品でお見せします。
2009.03.29 Sunday
jcomに取材されました。
わらっちゃうかもしれませんが、
僕が取材され、放映されます。
お題は「侘庵」についてです。
奇麗なキャスターさんと、14日に行われたうちのイベントのVに飛ぶ際
「どうぞ」とやっております(爆笑)
下記の詳細を見ると、約一週間 ×3回 =21回墨田区内で露呈されるワケです。
ケーブルテレビをお持ちのみなさん、、、どうか見ないでくださいw
>
今回放送される番組名は「ホームタウンすみだ」といいまして
放送期間は4/5〜11となります(内容は週替/日曜更新)
墨田区内では、毎日11:00/19:00/23:00
*墨田区内では約76000世帯で視聴可能
墨田区外(ジェイコム東京エリア) では 期間中1度(土曜15:00)
だけ放送されます。
*ジェイコム東京エリアは、練馬・板橋・杉並・府中・小金井・・・等等
放送期間は4/5〜11となります(内容は週替/日曜更新)
墨田区内では、毎日11:00/19:00/23:00
*墨田区内では約76000世帯で視聴可能
墨田区外(ジェイコム東京エリア) では 期間中1度(土曜15:00)
だけ放送されます。
*ジェイコム東京エリアは、練馬・板橋・杉並・府中・小金井・・
2009.03.26 Thursday
用事があることが無事なのだ。
はじまりと おわりがつながっている。連結されている。
見ることと観ること。
それを強く強く かんじるのは 僕だけではない。
来たり、来なかったり
いたり、いなかったり
そんなことが問題なんじゃない。
だから僕は用事を作るのだ。
ニシダキタロウのことをカンガエて。
つまりは はじまりとおわり。僕は旅に出るのだろう。
いやいや・・・もうでていたようだ。
旅はきっと、この人と出る。
知らず知らずのうちにできたあたらしい作品は、
用事が無事をうみ、大事をうんだ。
「全速力で逃げなさい」彼女はそう僕に微笑んでいる。
HDでも見れる映像を初めて作ってウェブにあげた。
見ることと観ること。
見ることと見ないこと。
そのことを、僕はもうすぐ理解する。
そのことを、僕はもうすぐ理解する。
2009.03.06 Friday
臥薪嘗胆的なヒビ。

風邪をひいたのは先週でした。それも月曜日でした。
で、今は次の週の金曜日です。ずいぶん長いこと患っていますね。
「本格的」と呼べる風邪を引いたのは随分と久方で
高熱に浮かされたり、肺を拗らせたり、色々とやりましたが、
中々廃屋での貧乏一人療養は難しかったのか、
ここ四日間、鎌倉の知人宅で療養していました。
「鎌倉の知人宅で療養」というと、じゃっかん文学的な香りがしますね。なぜですかね。
3月の予定もすっかりさぼり、
読書100冊計画を今や風前の灯火ですが、
僥倖的に『おたんこナース』と松岡正剛・連塾の『神仏たちの秘密』を併読したりして
野口整体的な風邪経過を存外楽しんでみました。
今日は熱が上がっては下がる「下降期」の二日目ですが、
明日には恢復するような兆しを感じています。関係者諸氏にはご迷惑をおかけしております。
さて、風邪を引く直前からやっていましたことが少しづつアラワになってきました。
3/14 と15日に当方侘庵 (wavuan)にて、ライブイベントを開催します。
もうあまり時間はありませんが、詳細はまた後日来週にも。
両日の概要としては、1日目は「イツクサノタナツモノ(五穀豊穣)」と題されたイベントで三味線とギター、パーカッションなどを合せたユニークなセッション。主催者側の方たちが手作りで料理を作られるなど、アット・ホームな感じになるかと思います。
15日はたまたまお知り合いになったご近所に住まわれる女性起業家の、りすなさんと、そのお友達でNYでずっと活動されてきて、4年前ぐらいから拠点を日本に戻された坂本直さんという方とのご縁でうちで開催することになりました。こちらも詳細は追って紹介させて頂きますが、とりあえず僕は詩人として debut します(笑)
2009.02.27 Friday
長岡スタジオ― 01
僕の父が僕の生まれる直前に独立して設立、以来29年ぐらいに渡って、
存在した広告写真スタジオであった。幾多のモデルがここに来て、
幾多の商品が山のように運ばれてきては、撮影され、また帰っていった。
余談だが、ここに来た中には安達裕美、ゴクミこと後藤久美子、はたまた
若き日の阿部寛の姿もあった。内気な阿部は、よくうちの「オニ」こと母親に怒られていたという。
そんなスタジオのことを偲んでみたわけではない。結果そうなっていることは十分に感じつつも。
ここ以来、僕が仕事や趣味で撮影している写真が溜まっている。
で、ほんとうにメンドクサガリ屋の僕は、そいつらを振り返るということはあまりない。
ただ、ざっと倉庫にでも放り投げとくみたいに、PCのどこかに入れとくだけだ。
最近、カテゴリー分けによるブログ記事の編集に若干はまっているのだが、その熱の覚めやらぬうちに、その振り返られていない、いわば「忘れられた写真」を、けっこうどうどうと「しらねーや」的に解放してみようという気になったのである。
写真に関して最近思っていることは二つある。
一つは「パーシャル」であるということ。
もう一つは「食指」ということだ。
パーシャルは文字通り「部分的」ということで、食指も「食指を動かす」ということだが、
ここでは説明を控えたい。
それらの写真が家族的記憶である言葉によって括られていくのは、自分にとっては感慨である。
美的には「長岡スタヂオ」と表記したいところだが、このような記事をあげ続けることで、昔の縁故など見に来てくれ、連絡などくれぬかという甘く、儚い期待によって、「スタジオ」と表記することにする。
では早速。(適当に選んでいるので悠長に)

KUMO - Gunma,Uenomura 2008

KIOKU BOX , Gunma Uenomura.
鍾乳洞の中で発見。

Taikukan - Gunma Uenomura.
音が聴こえてくるような場所。
それでは、自壊ではなく次回をお楽しみに。
2009.02.27 Friday
素人と玄人との狭間 〜 幸田文 『流れる』
おさむぅござんすね。底冷えのする木造に寝起きしている自分には、きつうござんすが、


でも常々こんなもんだから、慣れてしまっていたのかと思いきや、所用のたしに戻った実家で
まあ コロッと風邪を引いちまったもんで、黄色い洟公をずずずっとしてるわけです。はい。
さて、今日は幸田文の『流れる』書評をお送りいたします。
んまあ、書評と言いましても、いささか語り手に知恵が足りないと見えて、おつむの素性を悟られるのもアレなのと、いざ大見得切って「書を評したるぞ」と意気込んでも、作家のほかの作品を読んでいないうちから、それをするには気が引け、かつ一々の書評を自分のために記録しておきたいってなちっぽけな野望があるにはあって、なもんだから先日批判したばかりの斎藤孝よろしく、「引用」ってえのをかんばしくしてみたいなとおもっとるところなんで、読者の皆様、呆れないよう、よろしくお付き合いくださいませ。

でね、いざ本を読み終えて、ちょっと失敗してしまったんでござんすね。
え、なに、アタシとしたことが、その巻末にある「書評」を読んでしまったんでがんすよ。こいつあーまづかった。なによって、この批評家の高橋義孝ってえのが偉そうなの偉そうなの。立位置やスタンスがですな。それでやになっちゃった。だからこの本を読み終えてからはしばらく立つんですが、今になってしまったというわけです、はい。
女性蔑視とまでは、いかないのですが。やはり、「大先生の娘っこは、うーんまだまだだね。女性独自のオノマトペの使い方がおもしろいが、でもまあ小説家第一弾として、まあこれからですな。。。」みたいな余裕があるんですね。これにちょっとムカっとしちゃいました。でもまあ今考えれば、この批評、的は得てるんですね。言語化したかったのを先にというか、数十年も前にされちゃっていて、いささかむっと勝手にしたのだと思います(笑)
さてさて与太話はそんくらいにして、もそっとお付き合いを願うとしましょう。
表題にもしてますが、この作品の意図というか目的は、芸者界と日常社会という玄人の世界と、素人の世界という、まあいってみれば「あちら」と「こちら」の境界での揺らぎがテーマとなっとります。
このうちに相違ないが、どこからはいっていいか、勝手口がなかった。
の一文から始まる新入り女中となる主人公の玄人界への侵入は、ハラハラドキドキしてしまうなにかがあります。この女中はけっこうおばさんで、明らかに幸田文そのものが投影されてる感じなんですね。それを高橋先生が、「甘い」とおっしゃるのも、わからぬではない。でもまあ、そこで驚かされるのが、女性ならではの観察眼、そして嗅覚なんですね。やっぱり女性の文学って、この点において男をぶっこえていきますね。あの子規もあこがれた巨人、幸田露伴に鍛えられまくっただけあって、この辺の感覚が凄い鋭敏なんでしょうか。ちょっとあげてみましょう。

幸田 文 (1904年 - 1990年)
さすがにくろうとはうまいもんだと思う。どこを方々歩き回って来たのでもかまわないと云ってるくせに話をぐるりと一トまわりさせて、その方々がどこだか白状させるように水を向けてくる。
↓
こういう玄人のテクにかなり敏感なんですな。
劣等視の笑いを受けるのは親近感が生じることなのだ。
↓
こういう経験則からの断定、かなり数寄です(笑)
締めあました格子の隙から風と犬の臭さが吹きつけて、すでにたそがれだった。雪丸が置き去りにのこした哀感にしろうと女中はちょっとの間まどわされ、それから犬のくその中にたくさんの白い回虫を見、毛の薄い腰の落ちた白犬がぶるぶる奮えているのを見、なぜともなく、ここにいつくことになりそうだと思った。
↓
ここ、凄いですね。脈絡がないのに、なぜか女中心がすっと分かります。
(今発見しましたが、「女中心」って凄い。「女・中心」と「女中・心」とに分解できる。。。)
腰に平均をもたせてなんとなくあらがいつつ徐々に崩れて行く女のからだというものを、梨花は初めて見る思いである。
重い厚い花弁がひろがってくるような、咲くという眼なざしだった。匂うものが梨花へ送られた。職業的な修練だろうか、
↓
そうそう、こういう「女」ならぬ「をんな」を見る視線にレズビアニックな執着を感じますが、中々微々たる観察、そして男ではちょっと表現できない感覚です。
でまあ前半の異様なほどの観察と、花柳界というものの突撃リポートが済み、物語が一気に進みだす後半の構成がちょっと気になります。これを高橋先生が「甘い」というのも分かる。小説という形式って観察録でも駄目だし、ストーリーだけでも駄目だし、詩っぽくても、エッセイっぽすぎても駄目。独特の形式があってむずいですね。これは後日紹介する、水村美苗さんの鋭い指摘を見つけましたよ。まあさてさて、結局は、ムスッとしたのも束の間、結局高橋先生に降参というオチになりました。笑ってみよう。はははは。
さて、この「くろうと」と「しろうと」の狭間ですが、最後にこれを言い当てている一文を引用して終わりたいと思います。
そうだ、ふしぎにここの庇と庇のあいだに自分のいるところがあるように思う。なぜだか知らないけれど、狭いその庇の下の隙間がいちばん安全で自由で、空へ向かって伸びのできる気楽さがあるような気がするのだった。
つづく。
2009.02.19 Thursday
健康人のトリコロール (『ストレス知らずの対話術』 斎藤孝)

斉藤孝を一言でいうと、「健康な人」なのだと思う。今や全国の書店で斎藤本を見ない日はないといってもいいほど、彼の本は横溢しているが、「不健康な人」にとっては、実はあまり役に立たないのではないかと思う。
といいつつ僕は彼の「三色マーキング」をいつのまにかずっと使っていて習慣化していて、かなり役立っている。で、古本屋で本著を見つけ読んでみたが、なるほど対話におけるストレスというものは、学校や職場という半フォーマルな場においてのコミュニケーション不全であり、そこで力関係の差による意見の「埋没」が問題であるという論旨は普通に頷けるところである。その問題に対するソリューションとして、「三色の神器」を使い、お互いの間においた紙を頂点とした垂直二等辺三角形マッピングを行い、ルーリングやポジショニングを利用して、ストレスを軽減させ、生産性を高めようというのが、本著の主な発想である。僕は至って素直なので、読んだ直後、知り合いとの打ち合わせで使ってみたが、確かにストレスが軽減され、「クリエイティブな対話」ができたような気がしたし、なにかを人と話すということの際には、推奨できるものでもあると感じたのだが、この本の主要パートは開始直後の20ページぐらいで、あとはいつもの主張と、ある種の「引用」による自慢めいた感じになるので、いただけない。駄目な本の構成―としてなら、ためになる。そして、このようなマッピング理論を使うには、絶対目上から目下への提案としてしか無理だろうという当然のオチを、この本は想定していない。空気を作り出す立場の者が取り組まない限り、ストレス・フリーなコミュニケーションなど、生まれないからである。
斎藤孝の凄いところは、その執着力というか、ドストエフスキーにしろ、宮沢賢治にしろ、あるいは身体的動作にしろ、対象を見出すと、圧倒的にトリコロールにより分断し、「引用」のためにストックしてしまう力であるし、そのことに対する絶対的自信だ。『身体感覚を取り戻す』などのある程度学術的著作は、まだ学者としての面目を保っているが、基本的に乱売されているサラリーマン向けのテクニック新書的書は、この無邪気な自信と、「当然わかるでしょう?」といった明るい押し付けが横溢しているのだ。テクニックは、何かにぶつかったときに、回避する一案としては機能する。だが、斎藤孝の教え子から、文学者は生まれないだろう。解剖医が人間を生産することができないのと同様、なにか決定的なものが足りないからである。